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なんと!!沖縄市は本島中部の東海岸側、
中部地域の行政・経済の中心地として
存在する都市なんですよ♪
沖縄市は通称、
「チャンプルー文化の街」=
「様々な音楽、芸術が混ざった街」
と言われているのです。
そして、中心地「コザ」を始め、至る所でオキナワンロック、民謡、島唄、ジャズ、エイサーなど様々な音楽が鳴り響いている街なんです♪♪
なぜ、沖縄市がこういった特徴を持つかというと、
それは「沖縄市の歴史」と深く関っているのです(-0-)b
1945年の第二次世界大戦後、
米軍の指令により「胡差市(コザ市)」が産声をあげました。
この時代、アメリカはJAZZの全盛時代!!
そしてコザに存在する米軍基地内でも
ジャズバンドの重要が高まり、
同時にたくさんの「ウチナーンチュ(沖縄人)」ジャズバンドが
生まれましたが、
なんと!
当時の沖縄ジャズバンドは
世界レベルだったといわれているのです♪(^o^)/
そして1960年から1970年には、
ベトナム戦争が始まって米軍基地内でロックが主流となっていきました。
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沖縄市(当時はコザ市)の街では |
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そして沖縄のロックミュージシャンは、
このような「兵隊さん」を相手に
演奏の腕をメキメキと鍛えていたとかいないとか・・・・
そのような時代背景もあり、この時代は多くの有名バンドが出現しました(@0@)!
ヒゲのかっちゃんが在籍したバンド
「コンディショングリーン」や
「紫」「キャナビス」「メデューサ」など
日本のロック界に衝撃を与えたバンドです!!
そして戦争が長期化する70年後半には、反戦ソングを
中心としたフォークソングが流行していきます♪
沖縄では「沖縄フォーク村」が結成され、
村長の佐渡山豊さんが
全国区のフォークシンガーとして
活躍しましたヽ(^。^)ノ
ちなみに同時期には、
作曲家として普久原恒勇さんが活躍し、
「芭蕉布」「ゆうなの花」「ふるさとの雨」
などの名曲を残したんですね。
これら名曲は普久原メロディーとして、今でも多くの人々に親しまれていますよ♪
そして、こういった色々な事がありながら
1974年、「コザ市」は「美里村」と合併して
今の「沖縄市」となりました。
ですが!
「コザ」の名前は今も沖縄の人々の心の中に、そして生活の中に生き続けているようです。
というのは、現在でも、「コザ」という名は住所にはないんですが、
沖縄市の中心地を「コザ」と呼ぶ人は多く存在するからです(^_^)/」
90年に入ると
沖縄民謡を全国に知らしめた
「りんけんバンド」、
知名定男プロデュースの「ネーネーズ」
がデビューを果たしちゃいます★
そして最近でも「オレンジレンジ」などメディアでおなじみのバンドが多くデビューしているんですね(^○^)
こんな歴史もあり、沖縄市は現在多くのライブハウス、民謡酒場、クラブ、バーなどがたくさんあって、週末は音楽好きを中心として賑わいをみせていますよ
(゜ロ)(/ロ゜)/ワイワイ
また、音楽イベントもたくさんあって、「ピースフルラブ・ロックフェスティバル」をはじめ
「コザ音楽祭」、「沖縄音楽市」、「フォークの日」、「ジャズの日」、「ロックの日」
「三線の日」、「全島エイサー」など多くの音楽祭が
開催されているんです!!!
最後に!!
沖縄市は音楽で形成された街といってもいい程で、色んな音楽が街中に入り乱れつつも、
それぞれが調和を取りながら「一つの街」を形成しちゃってるんです(@_@;)
それは、戦争を始めとする「歴史的皮肉」が「歴史に残る文化」として開花した証なのでしょうね。
こういった街は、全国的に見ても類を見ない都市だと思いませんか?!